| ・・練唱練跳go! go! go! | |
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日本でデビューすることになり、ここで初めて音楽界に足を踏み入れた。 マネージメント会社が日本でのレッスンをセットしたので、日本で生活することになった。日本語を学ぶ学校にも通ったが、外国人同士だとあまり意味がないので、 日常生活や友人を通して日本語を学んだ。 Andyに初めて会ったのは、やはりAndyの叔父さんのパブで。 Jimmyの友人がそこで歌うというので行ったところ、Andyを紹介された。彼も歌うグループがあり、Jimmyも小松拓也(彼はすでに台湾でデビューしています)と組んでデビューする準備が進んでいたので、二人の境遇が似ていることから話がはずんだ。 でも、まさか一緒にやることになろうとは当時は全く想像もつかなかった。 ロスでは友人がいなかったので、時々Andyとバスケをしたりして遊んでいるうち に、John、Raymond、Brianとも知り合った。5人で歌ったりもした。 Andyは歌うのが楽しかっただけで、デビューしようとは思っていなかったが、Jimmyは芸能界デビューをずっと準備していたので、積極的にほかのメンバーにも働きかけた。 Jimmy自身、台湾や香港の音楽界のつながりもあったので、いくらか見込みもあった。 その後、デビッド・タオが自分たちのデビューの意向を知ることとなり、自分たちの歌も評価したため、彼と契約することになった。ちょうどJimmyも日本での契約が満期になるところだったので、そちらは継続しないことにした。 メンバーはロスでばらばらに住んでいたので、週5回練習しようとすると場所の確保が大変だった。 Andyの家やDavidの家が、練習場所になった。台湾で、5人が一緒に住むようになってからはかなり改善された。 練習とステージとは相当違う。練習のときはかなりすさまじいものとなるが、宿舎の防音がよかったためか、あまり苦情は来なかった。ただし一度、会社からアメリカのグループのビデオを渡され、一晩で仕上げろと言われたときはひどいことになった。5人が歌ったり踊ったり必死のありさまで、真夜中になっていたことも気がつかないでいた。 階下に住んでいたお年寄りがあまりの騒音で苦情に来たところ、彼は5人の大の男が息をぜいぜいさせて汗まみれになっていたのでひるんでしまい、怒るにも怒れずに「静かにしてくれませんか。」と言っただけで引き下がってしまった。 あの時のおじさん、本当にごめんなさい。 |
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| 我不要後悔・・ | |
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自分は後悔するのが嫌い。後悔する前になんでも事前にきちんとしておきたいという性格。
ただ、後悔したくないからと言って、勉強をきちんとしたわけではない。スポーツに打ち込んでプロのスポーツ選手になろうと思っていたので勉強はさっぱりだった。 でも、スポーツに打ち込んだのは大事だったと自分では思っている。 後悔したくないという基本精神は生活にかなりの影響を及ぼしている。そのために眠れなくなってしまう。つまり、まず一日の反省をする。その日一日の、よかったこと悪かったことを考え、悪かったことについては次からしないよう考える。そうなるとあれこれ考えて頭がさえてしまい、夜中になっても眠れなくなる。 ミスをしないようにしようとする習慣はかなり疲れることでもある。バレーの時のミスを頭で再現して、次に同じ場面に出会ったときどうすればそれを避けられるかを考えるからである。 スポーツも音楽も同じ。ウォーミングアップをしなければだめ。持続していかなければ成果は得られない。でも、このやり方は自分をアクティブにさせる。スポーツをしてきたときと同様に、失敗のなかから成功のための最高のヒントが得られるのだから。 |
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梨花:Jimmyが日本でデビューする予定だった!!あうう..そのまま話を進めてくれればよかったのにー!(またまたのたうち回って、悔しがる)小松拓也って、ビビアンのドラマ「本家の嫁」で弟役をやってた人だよなあ。
それに「Smart?」の付属VCDの「Thank you」で、彼が感謝を述べてる人たちの中に「Komatsu」というお名前がありましたね。小松拓也さんのことなのかな? Jimmyの章を読んで、彼が好きだというダイビングをしたくなった。 いや、一度プール講習を受けたことはあったのだが、さて海洋実習..ということになり、深度6メートルまで連れて行かれたとたん「暗いよー!深いよー!怖いよー!」と、面堂終太郎のようにビビってしまい、イントラの制止を振りきって陸まで戻ってしまったヘタレ女の私だが、今度こそがんばってみようと思う。 |