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TENSION書籍「當我們[火玄]在一起」要約:Jimmyの章(2)..2004/02/29
・・越率越愛動
カナダで知った最良の友人は、スポーツ。
香港ではサッカーしか知らなかったので、ほかにも色々なスポーツがあることを知り感激。しかも、スポーツができると人気者になれるので夢中になった。
小学校では陸上に励む。走り高跳びが得意。「フライングジミー」のあだ名がつく。
高校ではバレー。ジャンプの練習では、コーチが自分の限界に挑戦するようなトレーニングをさせたので、わざと低めに跳んであたかも自己記録を更新したようなずるいやり口をチームメイトたちと共謀したりもした。
でも、そのときカンフーの訓練をしてたら34インチは跳べてたのにと悔しがることも。

8年生から12年生(高校時代)までは生活のすべてをバレーに捧げる。
高校に入って身長がすごく伸びたので、ナショナルチームの選手になることを夢見る。ところが、10年生のときに180センチで身長が落ち着いてしまい、ナショナルチームの選手になるのはここで諦めざるを得なくなった。
それでも、バレーは好きで打ち込んでいた。
バスケも得意。ジャンプ力があったので直接シュートもできたが、確率は低かった。
バスケのボールがもう少し小さかったらもっとシュート率が上がってたのに、と今でも悔しがるジミー。

スポーツには怪我が当然つきもの。一番ひどい怪我はバレーではなくバスケで格好つけようとして起きた。
高くジャンプしてシュートを決め、着地しようとしたときにバランスを崩して床に叩きつけられたのである。同級生たちは慌てて救急車を呼んで彼を病院にかつぎこんだ。が..
レントゲン検査の時にはおとなしくしていた同級生たちがいつのまにかいなくなっている。ベットに固定されたジミーは友達の行方を捜すこともできずにいると、白衣を着た人物が何人も入ってくる。
なんと、それが自分の友人たちだった。どうもどこかで白衣を盗んできたらしい。
怪我をしたジミーにとっては笑うのも辛いというのに、冗談のきつい友人たち。看護婦に見つかって白衣を取り上げられた。
ところが、それにも懲りずに今度は注射をするときに使うゴムをどこかから調達し、それを自分たちの腕に巻き付け血管を浮き立たせ、ボディビルディングの格好をするのだからたまらない。
怪我の痛みより笑わされた痛みの方がひどかったほど。

そのときの怪我は相当の重傷。脊椎を痛めたため、3ヶ月の安静を言い渡された。おとなしく安静にした後でスポーツをまた始め、古傷はだんだんよくなった。
当時両親は外国。親に言ったところで怪我が良くなるものでもないので、親には報告しなかった。
ジミーは小さい頃からそうで、怪我などで他人の関心を引くようなことはしなかった。怪我をすれば医者に診て貰い、自分の事は自分で解決する。家族に余計な心配をかけたくない。
それが、きちんとした男のすることだと思っていた。

この怪我以外で重傷を負ったのはスキーのとき。カナダではスポーツはシーズンごとに違うスポーツをする習慣があった。
8歳でスキーを始め、10歳から試合にも出るようになる。だめと言われたらそれに挑 戦したくなるような性分だった。
その事故が起きたのは14歳のとき。家政婦に連れられスキー場へ。
滑走禁止区域に勝手に入り込む。難しそうならば却って行きたくなる性分が災いし、木を避けようとして大きな穴に墜落してしまった。
木のせいではなく、その穴があったために滑走禁止になっていたと悟るも後の祭り。
ストックが当たって、どうやら肋骨が折れたようだった。スキーウェアのジッパーをおろして上着を開き、中を見たところ、肋骨のあたりが血に染まっていた。まずいと思ったものの、禁止区域なので誰もいない。落ちたときの衝撃がひどかったので、スキー板はどこかに飛び散ってしまっていた。
なんとか穴から這いずりだし、板を拾いスキー板をそりのようにして滑っているところを人に発見された。
その後救護員を呼んで貰って助け出されたが、やはり肋骨が折れていた。

そんな大怪我をしながらもジミーのスポーツ熱はさめることなく、夏ともなれば、朝早くからビーチでバレー、昼食後午後は体育館でバレー、夕食後は夜中までバスケ、そんな生活を続けていた。
今ではもちろんそんな体力はなし。3時間で根を上げてしまうが..
[Jimmyの章(1)] ..[Jimmyの章(3)]

梨花:うう..痛かったろうなあ。この章を読んでるだけで、こっちのろっ骨もイタタ..(>_<)もうあんまり無茶しないでね。
それにしても、親に心配かけたくないから怪我を黙ってるなんて、男だわー!
Translated by Ms.Nainai. Thank you!
無断転載厳禁。2004/02/29

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